能登聲祭 2026
STORY & SONGS

物語と曲

なぜ能登で、なぜ「声」の祭りなのか。七年かかって、この一日にたどり着きました。

宴の絵巻──七つの印
当日のすべては、この七つの印で──絵巻を見る
開幕について

闇を晴らすのは、こえ

古事記に、こんな記述がある。

高天原皆暗く、葦原中國悉に闇し。
八百萬の神、共にわらひき。
天照大御神の出で坐しし時、
高天原も葦原中國も、自づから照り明りき。

──アマテラスが岩戸に隠れ、天も地もまっくらに。困った神々は岩戸の前で宴をひらき、そろって大笑いした。「真っ暗だというのに、なぜ笑っているの?」——気になったアマテラスが戸を細く開けると、世界は、おのずから明るくなった。

世界が闇に閉ざされたとき、岩戸を開いたのは武力ではなく、神々の宴——共に咲(わら)う聲でした。光は、もたらされた。聲によって。

能登聲祭の開幕は、この神話の再現から始まります。だから舞台には、真っ暗な世界が要る——野外ではなく、劇場なのです。そして能登演劇堂は、舞台奥の大扉が開くと能登の森とつながる唯一無二の劇場。全員の聲が最高潮に達したとき、扉が開き、光が差し込みます。

能登で、神々の宴を、やるまいか。

なぜ、能登なのか

能登は、聲の国

祈りの聲。祭りの聲。暮らしの聲。能登では、聲がいまも暮らしの真ん中にあります。だから——聲の祭りは、能登から始まるのです。

あえのこと
祈りの聲──田の神様をもてなす、奥能登の「あえのこと」
お熊甲祭
祭りの聲──お熊甲祭。20mの枠旗が天を突く(国指定重要無形民俗文化財)
猿田彦
祭りの聲──天狗の猿田彦。「イヤサカサー」の掛け声は1,600年
特集 1 | 輪島朝市

なぜ、輪島朝市なのか

2024年1月1日、能登半島地震。故郷が壊れました。どうしたら、復興の道を見出せるのか——その手掛かりは、現地に立ってみなければ掴めないと思いました。その場で音楽と言葉を書けば、何かが分かるかもしれない。そう考えて、能登をいくつも巡りました。

内灘・西荒屋の蛭児神社。輪島の總持寺祖院重蔵神社。珠洲の須須神社。能登町の真脇遺跡。訪れた土地ごとに音楽と言葉が生まれ、そのたびに「なるほど」と思わせてもらう気づきがありました。

そして——輪島朝市に立ったときでした。まだ火災の余韻が凄まじく、焼け焦げた匂いが残っていました。1,200年、「買うてくだぁ」の呼び声が毎朝響いていた通りです。そこで書いた言葉が、これでした。

2024年4月4日の輪島朝市
2024年4月4日の輪島朝市──この焼け跡で、言葉が生まれた

あなたの「声」を
聴きたいのです

あなたの望む声を
あなたの呼びかける声を
声で賑わいを取り戻すのです

声は 活氣を呼びます
声は 目を覚ます響き
声を集めて
声をあげてください

そして
優しく声をかけてください

再生に必要なのは
「声」なのです

──「亡くなった方々の魂鎮め・輪島朝市復興のエコー」より北方 喜旺丈

この言葉と音楽が、能登聲祭の原点になりました。曲の名は、「輪島朝市」。10月18日、675人の全員で歌います。

本番映像 音楽と朗読

本番映像「輪島朝市」 音楽と朗読

宴のにぎわい

そして、朝市は
止まらなかった

焼け落ちても、朝市は止まりませんでした。「出張輪島朝市」として全国へ出向き、1,200年の呼び声を絶やさずにいます。

出演&ブース出店 決定!
出張輪島朝市の幟
「がんばろう!輪島朝市」の幟が立つ。全国のどこであっても、そこが朝市になる
輪島塗のブース
「塗、俺の仕事や」──輪島塗の椀と箸が並ぶ
海産物のブース
ほたるいか、わじまの塩、岩のり──能登の海の恵み

出張輪島朝市は、能登半島地震で被災した輪島朝市の1,200年以上の歴史を途絶えさせない、忘れられないために、全国へ出向いています。能登の特産品や輪島朝市の魅力を届けながら復興へつなぎ、復活した際には遊びに来ていただけるよう、その魅力を発信しています。

その出張輪島朝市が、2026年10月18日、能登演劇堂にもやってきます。出演&ブース出店が決定しました。抽選会では、輪島朝市の商品も。

1,200年の呼び声を受け継いで、
その名を冠した曲を、675人で歌う。

特集 2 | 創設者の物語

聲が変わると、
人生が変わる

それは理念ではありません。この祭りをつくった人間の、実体験です。

01はじまり

聲は
コンプレックスでしかなかった

北方喜旺丈。石川県内灘町の生まれ。愛知県立芸術大学作曲科を首席で卒業し、桑原賞。オーケストラ、吹奏楽、合唱、邦楽、ジャズ、ミュージカル、舞台、式典、校歌——あらゆる編成に音楽を書いてきました。劇団四季「アラジン」「キャッツ」「ウエストサイドストーリー」。三谷幸喜作・演出、香取慎吾主演のミュージカルではバンドマスターとして、ニューヨークと東京の舞台に立ちました。

それでも、ひとつだけ、どうにもならないものがありました。自分の聲です。響かない。届かない。気持ち良く歌えない。すぐに疲れる。喉が弱い。音楽の世界の真ん中にいながら、聲に対する強いコンプレックスを抱えたままでした。

北方 喜旺丈
北方 喜旺丈(きたかた・ひろたけ)──ECHO ARTIST/作曲家・ピアニスト・指揮者・プロデューサー
022015

全ての垣根を、
取り払う

北陸新幹線の開業と同じ年、2015年。石川県内灘町に「かがやき音楽団」を創設しました。プロもアマチュアも、世代も、音楽歴も、楽譜が読めるか読めないかも、全て問わない。楽器の種類も、歌の上手さも、あらゆる制約を外した——おそらく世界でも類を見ない音楽団です。

現在、11年目。地域活性化に取り組み、スタッフもみんなで分担しています。今につながる、最初の実践はここです。

032019

仮設住宅で、
知ったこと

2019年。西日本豪雨(2018年)と熊本地震(2016年)の被災地を巡る、約3週間の演奏の旅「ご縁をツナグ旅」。現地を訪れて、初めて知ったことがあります。仮設住宅は壁が非常に薄く、家族との会話も、夜にトイレを使うことさえ遠慮しながら暮らしている方が大勢いた。声を出すことそのものが、ためらわれる環境でした。外からは見えにくい。けれど心理的な負担は大きく、緊張が解けないままでした。

演奏会の最後には、誰もがすぐ歌えるシンプルな曲を、皆さんと一緒に歌いました。上手い下手という表面的な評価から離れて、人間なら誰でも持っている「歌いたい」「声を出したい」という本能を解き放つこと。それだけを大切にしました。

歌い終えたあと、「こんな時間が欲しかった」「思い切り歌えて、うれしかった」と、満面の笑みで話してくださいました。職員の方からは、こう言われました。——「いつも泣いてばかりいる方が笑顔になっていたのを見て、こちらが泣けました」。

この旅は、クラウドファンディングで434%を達成して実現しました。金沢から宮崎まで3週間。各地で歌い、その声を録音して、一曲にまとめました。日本各地から被災地へエールを、被災地からは様々な想いを、声に乗せて。集まった声は、約400人分になりました。

ここから、能登聲祭までの七年が始まりました。

楽曲「ご縁をツナグ旅」──アカペラ版

この旅から生まれた曲を、伴奏をすべて外し、声だけで。

ピアノと詩 被災地癒やす旅(新聞記事)
出発を伝える新聞記事(2019年)──「ピアノと詩 被災地癒やす旅」。妻・北方邁羽(朗読家)とともに
042021

聲は、
無限に進化する

コンプレックスを野放しにはできない——その強い思いから、発声の仕組みにはずっと興味を持っていました。やがて、日本屈指のボイストレーナーである角田紘之氏との出会いを経て、いよいよ聲の進化が始まります。みるみる聲が変化していく。聲は生まれつきでもなければ、変わらないものでもない。むしろ無限に進化できる——そのことを知りました。

さらに。結婚した妻・邁羽(まよ)は、聲のプロフェッショナルでした。声色をつくる「倍音」という成分が本当に豊かで、角田先生からも太鼓判を押されるほど、稀な聲の持ち主。その声色、声音がもたらす効果、アナウンサーや朗読家として培った美しい日本語の発声は、現代では失われつつあるものでした。

そして、専門的な教育を受けたわけではないのに、どうしてこんなふうに歌えるのだろう——研究しがいのある対象でもありました。そこから、聲には身体性だけでなく、精神性が大いに関わっていることに気づきます。この気づきをもとに、聲から命を立ち上げる「未来のボイトレ®︎」の提供を始めました。

だから「聲が変わると人生が変わる」は、誰かの理論ではありません。わたし自身の経験であり、受講生たちがわたしに見せてくれたことです。

052024

元日。
故郷が、被災した

2024年1月1日、能登半島地震。故郷・石川県内灘町で被災しました。そして4月4日、輪島朝市の焼け跡に立ちます。そこで生まれた言葉が、この祭りの原点になりました。——再生に必要なのは「声」なのです。

062025

冬至の日に、
学び舎をひらいた

太陽がもっとも低くなり、そこから光が還りはじめる日。その冬至に、THE ECHO HUMAN EXPRESSION ACADEMY(エコアカ)を開校しました。掲げたのは「芸能のチカラで、命を開く」。10か月かけて、歌う・語る・舞う・踊る・身体と向き合う・祈る・本音で生きる・共感する・受け入れる・認め合う・輝かせ合う——AIの時代に、人間だけが成しえることを学びます。芸能は、そのすべてを網羅しています。

072026

そして、能登聲祭

現在、創設者はドイツに暮らしています。気候も言語も建築も変われば、自分の聲も変わる——その体験を、いまも続けています。土地には、その土地に育まれる聲がある。だからこそ、能登の地に集まり、共に聲を響かせる体験が、尊いのだと思うのです。

2026年10月18日。675の聲が、能登演劇堂に重なります。その一つが、あなたです。

文化創造の母体

エコアカ——芸能のチカラで、命を開く

この祭りを主催するのは、THE ECHO HUMAN EXPRESSION ACADEMY(エコアカ)。「芸能のチカラで命を開く」表現者を育てる、10か月の学び舎です。2025年12月22日に開校し、その第一期生が、能登聲祭2026の舞台に立ちます。完成品を披露するためではありません。能登の聲と、全国から集まる675人の聲を、受け取り、つなぎ、増幅するために。芸能の原点である聲から始めるこの祭りは、エコアカの精神そのものです。

なぜ「声」ではなく「聲」なのか

この字には、
が入っている

「聲」は「声」の旧字体です。部首は耳(みみ)、17画。音読みはセイ・ショウ、訓読みはこえ・こわ。辞書はその意味を「こえ。音。動物の鳴きごえ。ひびき」、そして「音楽。楽曲。音律」「ほまれ。名誉。評判」と記します。声は、はじめから音楽であり、その人の評判=生き方でもあったのです。

=石の板を吊るして打ち鳴らす楽器「けい」の形と、それを打つ手の形。
=それを聞く、耳の形。
──打ち鳴らされた響きが、耳に達する。それが「聲」という字の成り立ちです(会意兼形声)。

つまり「聲」は、出す人だけでは完成しません。打たれた響きと、それを受け取る耳。その両方があって、はじめて成り立つ字なのです。

私たちは、声を集めたいのではありません。一人ひとりの——身体と命から生まれ、誰かに受け取られ、土地と未来へ響いていくもの——を、響かせたいのです。675人が、たがいの耳になる。だからこの祭りは、「声祭」ではなく聲祭です。

字義・字源の参照:漢字辞典オンライン/OK辞典ほか

宴で歌う、あとの3曲

「輪島朝市」は上の特集にて。稽古動画・練習音源・歌詞(必要な方には楽譜)は、お申し込みの方にお渡しします。

SOURCE

ご縁をツナグ旅

人が聲を上げると何が起きるのかを示す、源流。2019年の旅で録音した約400人の声が重なっています。アカペラ版は、上の特集「創設者の物語」で聴けます。

FINALE

平和ノ祈リ

全参加者の聲を、世界への祈りへひらくフィナーレ。

本番映像 全員合奏・全員合唱

本番映像「平和ノ祈リ」
2025年9月9日「響の顧天」金沢市アートホール より
作曲・ピアノ 北方喜旺丈/朗読・歌 北方邁羽/唄 加賀山紋/箏 北村雅恋/鳴物 岩城博之/ソプラノ 直江学美/ヴァイオリン ジドレ(Zydre)/チェロ ルドヴィート・カンタ(Kanta Ludovit)/フルート 安島愛里/サックス 中田真砂美/サックス・フルート 大久保雅春/ヴォーカル 大場佳恵/かがやき音楽団 THE ECHO CHILDREN CHOIR

NEW

能登あっぱれ!

能登を讃える、新しい一曲。近日公開!どうぞお楽しみに。

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